数万匹ものイワシやサバの大群が、ひと固まりになってサメのそばを移動している動画を見ることがある。あたかも巨大魚かと思わせることで、相手をひるませようと指示を出す賢い魚がいるとしか思えない統率ぶりだ。人の世界では誰かが提案し、仲間に伝達しなければ、あんな集団行動はとれないというのが常識だが、答えは人知の及ばぬところにありそうだ。
しかも集団はサメに襲われ一挙に雲散霧消するかとおもいきや、マスゲームを演じているかのように、一気に方向転換して態勢を立て直し、集団形態を崩そうとはしない。実はウロコの部分に、側線という水の流れを感じ取る機能があって、敵が近づくと全員が瞬時に察知し、反転できるのだという。
また、我々人間が聞くことのできる周波数は、20Hzから2万Hzまでというが、たとえばイルカは200万Hzという超高音域まで聞くことが出来るらしい。自分たちは高度のコミュニケーション能力をもつ唯一の存在と自負していたが、果たしてそうだろうか。
じつは我々の聞こえない音域で、会話を楽しんでいる種族は意外に多いかもしれないのだ。
それより、悠然と集団遊泳する彼らの姿は実に感動的で、のびのびと揺らいでいるように見える。
さらに用心深く観察すると、彼らの動きはきちんと刻まれたリズムではなく、規則と不規則の間を行き来して、微妙にゆらいでいるという。
その「不安定さ」つまり「ゆらぎ」が、見るものの心を癒してくれるのだと聞く。しかもこの「ゆらぎ」には、ただゆらゆら揺れるだけでなく、ゆったりとした時間の流れが必要だそうだ。
『1/fゆらぎ』の世界
かつて武者利光氏(東京工業大学名誉教授)は、電気抵抗を測る実験で、出力が周波数に反比例しており、さらに真空管やトランジスタが出すノイズが周波数に反比例していることに気づいたという。
そして、この周波数(振動数)を「f」とすると出力は1/f で表せるので、このノイズ(わずかなズレ)を『1/fゆらぎ』と呼んだ。
そこで彼は戸外に目を向け、快適に感じる自然の動きや音を調べてみたところ、この『1/fゆらぎ』が数多くみられたという。
たとえば、山野で聞く風の流れ、小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、いずれも適度の不規則なゆらぎがある。
ただし、これらのゆらぎが万人にとって心地よいものとはいえない。人によっては雑音にもなりかねない。例えば、あどけない幼子の声でも、考え事をしている最中には、雑音になり得るということだ。
また音ばかりでなく、木漏れ日の動き、雲の流れ、星のきらめき。身近にも、屋根を叩く雨だれの音、ろうそくの炎の揺れ、家具の木目などに、心の和む「ゆらぎ」を感じることができるという。
ところで、自然界には何種類もの「ゆらぎ」がみられており、『1/fゆらぎ』はそのうちの一つにすぎないらしい。
一般に、周波数が減ると低音となり、音や動きに変化がなくなり、眠気を誘う。一方、周波数が増えると高音となり、緊張と興奮が高まって情動が不安定となりがちだ。
この『1/fゆらぎ』にみられる周波数は、人の脳波をα波(心身ともにくつろぐ)状態にするといわれ、われわれを快適な気分にさせる。
この『1/fゆらぎ』を示す『y=1/f』は、図表において直角双曲線を描き、45度の傾きを示すことから、この45度の傾きは現在もっとも理想的なゆらぎとされている。
『1/fゆらぎ』は生体、音楽、絵画にも
その後、武者氏は生体リズムにも注目し、眼球運動や体温、脈拍、呼吸、脳波などを観察したところ、それぞれの動きもまた、わずかに速くなったり遅くなることに気づいたという。
そして安静時における各々の電気信号を調べてみると、信号発射間隔が『1/fゆらぎ』をしていることを発見した。
つまり、安静時の生体リズムは『1/fゆらぎ』を示していたのである。
また武者氏は人々に親しまれている音楽について、音響振動数の変化を調べてみた。その結果、バッハやモーツァルト、ショパンなどの曲のうち、特に人々から親しまれている旋律については、いずれも『1/fゆらぎ』を示したという。
ひと昔前、フルートの名手にピエール・ランパルという人がいた。寸分狂いのない奏法に、天才の名をほしいままにした人物だ。ところが、毎日レコードで聞いていると、飽きてしまった。まるで器械が奏でているように感じたのである。
そんなとき、オーレル・ニコレのレコードを聴いて感動したことを覚えている。音調もランパルほど一定せず、処々にカサカサと息遣いも入るのだが、一心不乱の緊迫感が伝わって、すっかりファンになってしまった。おそらく、ニコレの音楽は『1/fゆらぎ』を示していたはずだと、ひとり納得している。
さらに武者氏は、人々が美しいと感じる絵画にも『1/fゆらぎ』がみられたという。
どこにそのゆらぎがあるのかというと、描線の間隔の配列にみられるらしい。描線をよく見てみると、そこには決して規則的でなく、微妙な『1/fゆらぎ』の変化が見られるというのである。
現在、武者氏は『1/fゆらぎ』を生活に生かす手立てとして、さまざまな取り組みに挑んでいる。
例えば、衣服や家具のデザインに『1/fゆらぎ』理論を採り入れたり、街路樹の配列や歩道のタイル面の配列、あるいは街頭照明を「ゆらぎデザイン」にするなどの工夫等々である。
私たちのからだの生理は、微妙に不安定な動きをしているだけでなく、自分たちを取り囲む世界も、かすかにゆらぎながら動いている。まさしく諸行無常の世界ではないか。
こうして武者氏に「ゆらぎ」の世界を指摘されてみると、まことに言い得て妙である。