パリ郊外の古城群のひとつ、アンポワーズ城を訪れた時のこと。
城の出口につくられた小さな土産物店に10人ほどの白人客が並んでいた。自分もその列に並んで順番を待っていたのだが、しばらく経ってもまったく動きがない。不審におもってカウンターのなかを見ると、店員の姿がない。
さらに10分が経った。随分長く感じる。土産物は近くの売店でも簡単に手に入るありふれた品々である。
並んで待って買うほどのものでもないと思ったが、意外にも一同寡黙にして列を離れるものがない。
日本だと、こうはいかない。10分以上も待たされるとざわついて列の乱れること必至である。ものを買うのにじっと待つ訓練ができていない。
心得たもので、日本の場合なら目前の客の了承を得て、行列の会計を先に済ませるはずである。
わずか10分が待てない自分に比べ、ここにいる人たちはなんと鷹揚であることか。
ほどなく店員が戻ってきた。店頭の品が切れ、倉庫まで取りに行っていたらしい。
待たせた客に断りを言うかと思ったが、臆することなく行列を割ってレジに戻り、堂々と目前の客と会話を弾ませている。
目の前の客の要望に応えるため精一杯のサービスをする。そのためあとの客がいかに待たされようと、我慢してもらわねばならないという論理だ。
要は効率でなく、筋を通すというはなしだ。客のほうもそれをよしとしているようだ。不満な様子はない。
客の忍耐にも驚いたが、売り子の堂々たる態度にも感じ入った。
いったいこの地の人たちは我々日本人をどのように見ているのか?
パリに20年ほど住んでいるSさんに尋ねると、フランス人はおおむね日本人には好意的だという。ただし欧米人に比べると、微妙な扱いの差を感じるという。
肌の色の異なる人々と同じってわけにはいかないこと、我々が黒人と同じってわけにはいかないというのと同じである。決して馬鹿にしているわけではないという。
外見は変えようがないが、問題はその立ち振る舞いである。ことこの点に関しては、地元の人達から、パリにいる日本人は几帳面で礼儀正しい、信用出来るという評価を得ているのだそうだ。
パリは世界で一番観光客が多いゆえに得られるものは多いが、その対価としてしばしば外国人に自分たちの生活空間を乱される。
建物を傷つけ、街を汚し、他人のものを持ち去る外国人は数しれず、そのなかにあって日本人の矜持ある行動は際立っているという。
他の東洋人と見かけは似ていても、立ち振る舞いで即座に日本人と分かるらしい。
30年前、パリで多くのフランス人からうけた冷たい視線は、この数年確かに感じなくなった。
この地に住む日本人に感謝したいと思った。