はやぶさの計画が順風満帆に終わったなら、世間はこれほど大騒ぎしなかったに違いない。
なにしろ、幾多の危機を乗り越え、首の皮1枚つながった状態で、宇宙から帰還したのである。
遠くへ旅に出た子が、艱難辛苦を経て無事帰宅を果たそうとしている。
国民の多くがその子を迎える親の心境になった。
小惑星イトカワは地球と火星の間にあって、両者の軌道を横切るように公転している。
したがってお互いの重力により軌道はカオス的に変動する。
素人がみても、接近して作業するのが容易でないことは明らかだ。
JAXAではあらゆる事態を想定して、2重3重の防御をしたはずだが、2005年11月、イトカワを離陸した直後、姿勢制御用化学エンジンの燃料がもれ、交信不能となった。
アンテナが地球に向かわなければ交信できないからである。
また太陽の方向に太陽電池のパネルが向いてくれないと瞬く間に電力不足となる。
行方不明から7週間後、微かなはやぶさの信号をキャッチした。
断続的ではあるが20秒ほど交信することができるようになった。
その20秒の間に慌ただしく指示を出し、なんとか姿勢を立てなおした。
しかし離陸後の燃料もれが響き、強力な推進力をもつ化学エンジン12基が全滅。
1円玉を持ちあげる程度の馬力しかもたないイオンエンジンに頼ることとなった。
推進用ガスを加熱せず、直接噴射し、なんとか瞬発力を得て苦境を脱した。
あとは太陽電池パネルでわずかの太陽光の圧力をもらいながら姿勢を整えた。
しかし今度は地球に帰る軌道にうまく乗り移るのに失敗。
次の帰還軌道に乗るまで、3年間じっと我慢の月日を送った。
この間、はやぶさは耐久時間を超え、装備した機器の劣化に悩んでいた。
昨年9月、今度は命綱であるイオンエンジンが故障。
4基中3基目がだめになり、帰還は絶望的となった。
そこで窮余の策として、予備回路で故障個所の違う2基をつなぎ合わせて1基分にする案が浮上した。
予備実験はしていないが、ほかに手はなかった。
この一か八かの賭けに成功、はやぶさは無事帰還を果たした。
イオンエンジンは電子レンジと同じマイクロ波を使って、キセノンにプラスの電気を帯びさせ、イオンのもつ電荷を利用して加速するロケットエンジンである。
太陽光パネルで電力が得られるため、キセノンは化学エンジン燃料の10分の1という手軽さがある。
今度の成功でNECのイオンエンジンが世界の注目を集めることは必至である。
ヒーロは突然やってくる。
世の中が暗く沈んだなかに一筋の光を当て、ひとびとの期待を集める。
ついで、幾多の障碍を難行苦行の末、乗り越えながら目的を達成する。
そして世の喝采を浴びるのも束の間、突然表舞台から消えていくのである。
大気圏突入と同時に燃え尽きていくはやぶさの姿に、まさにヒーローを感じ、感動するものは少なくなかったであろう。
奇跡は話題になるが、2度、奇跡はおこらない。
宇宙計画は奇跡に頼らなくするための不断の努力である。
技術の停滞を避けるために、早急な「はやぶさ2」への計画推進が期待される。