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杵築(きつき)藩家老・大原氏

杵築(きつき)藩家老・大原氏

杵築(きつき)藩家老・大原氏

Hans / Pixabay

別府から国東半島へむかって北へ30キロ走ったところに、杵築市はある。

鎌倉時代、豊後の領主・大友氏の一族が八坂郷木付荘を統治し、地名の木付(きつき)をとって姓とし、築城した。それが木付城の始まりである。

木付城の城主はその後、何度も入れ替わったが、江戸期の1645年、小笠原忠知の転封に伴い、豊後国高田藩から松平英親が移封されて以来、江戸時代を通じ松平家が藩主をつとめた。

3万2000石の小藩であり、平地が少ないため、新田開発やイグサの栽培をしながら生計を立てたという。

ところでこの時代、朱印状なるものが存在する。

朱印状の誤記

戦国期以来、大名が武家・寺社などに対して発給した公的文書である。

もともとは、花押(署名がわりのサイン)を記すことのできない幼少の君主が、朱色のハンコを代用させたのが始まりだが、のちに花押を記す煩雑さを避けるために用いられることになった。その朱印状である。

1712年、3代木付藩主・松平重休の時代、将軍徳川家宣から重休に下賜した朱印文に、「木付領」が「杵築領」と誤記されていた。

このため藩は幕府にその旨を申し出たが訂正はされず、そのまま「杵築」と表記するのが慣例になったという。本当だとすると、随分と「木付藩」を見くびった話しである。

桜田門外の変と杵築藩

1732年、享保の大飢饉で藩の財政は危機的状況となった。そこで8代藩主・松平親賢は、領内在住の学者・三浦梅園を呼んで献策をうけ、財政再建に取り組んだ。梅園は「豊後聖人」の異名をとるほど温厚篤実の人である。

独学で天文学、地理学、生物学、医学、経済学に精通し、宇宙の根源を解き明かそうと独自の自然哲学を構築した。また、医業のかたわら家塾を開いて,寄宿生20人に教鞭をとった。その名声を聞いて、多数の藩主から出仕の招聘を受けたが首肯せず、杵築の地を離れなかったという。

9代藩主・松平親良は幕末、幕閣に加わったことから佐幕派と呼ばれた。ところが親良50歳のとき、大老井伊直弼が襲撃される桜田門外の変が発生した。

運悪くというか、杵築藩江戸屋敷はちょうど桜田門前に位置していた。このため、藩士たちは事の顛末を見聞できる状況に置かれた。

実際彼らは、はらはらしながら全貌を覗き見したのであるが、直後、杵築藩からは他言無用をきつく言い渡された。井伊大老が襲撃されているのになぜ助太刀しなかったかと、幕府から咎められるのを恐れてのことである。ただ藩士の家族にあてた手紙に、大老の首が掲げられた様子など「言語に絶し候」、「御長屋の窓より見候者、落涙致し候」といった記述が後世に伝わっている。

10代藩主・松平親貴は最後の杵築藩主となった。父が佐幕派であったのに対し、親貴は新政府派であり、戊辰戦争では新政府に与して会津にまで出兵した。おかげで、藩は滅亡を免れることとなった。

杵築城下に広がる城下町は、世上名高い“サンドイッチ型城下町”である。つまり、南北に2本の高台が東西に延び、その間にできた谷あいに商人町がつくられている。南北の高台には武家屋敷が並び、外敵から住民をかたく防禦している。戦災を免れたため、江戸時代の街並みがそのまま保存された。

上席家老 大原家

特に北側の高台にある武家屋敷には全国有数の家老屋敷が連なっている。大原家は江戸時代初期から能見松平家に仕える家で、当初は1千石の上席家老を務めた。500坪の邸宅は、豪壮な草葺きの屋根に重厚な玄関、裏手には壮麗な回遊庭園を擁する。わずか3万石の藩にこれらの家老屋敷は、不釣り合いなほどに豪華である。

話しを現実に戻すが、長年交誼のあった大原某氏について述べたい。齢90、細身であるが、寺の高僧よろしく姿勢崩れず、口数は少ない。およそ柔和を絵にかいたような人物で、物欲を取り払うとこのような風姿になるかと思わせる。頭部がひときわ小さいのは、先祖代々固い食物を口にして来なかったためであろうか。

その彼がこのたびこの地を去ることになったと挨拶に来られた。30年前、県民文化会館の内装設計を依頼されて来県し、以来この地に棲みつかれたが、高齢のためご子息の居住地に引っ越されるという。その際、氏の出自についてお聞きしたところ、もともとは大分の出身で、彼の祖先は杵築藩家老・大原氏だということであった。

私は江戸時代の武士をさほどに評価するものではないが、彼をみていると、長年にわたって培われた武家に伝わる、けれんみのない男子の美意識を感じずにはいられなかった。武士道を美意識だと看破した司馬遼太郎氏の言葉を実感した次第である。

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