四季雑感/SIKI

人生いろいろ 医師と患者のはざま

人生いろいろ 医師と患者のはざま

人生いろいろ 医師と患者のはざま

患者には厳しいが自分には甘く、その結果、からだを壊す医者の話しはよく聞く。これを医者の不養生という。

じつは自分もその口で、仕事を離れるとつい自分には甘くなってしまいがちだ。したがって、時には他科の先生のお世話になることがある。

そういう時は、すっかり患者になりきって、しっかり見てくれるだろうかとか、ちゃんと治してくれるだろうかなど、一抹の不安を感じるのである。

患者にとってみれば、病気を治してもらうのが目的で、医者と仲良くなりたくて病院に行くわけではない。多少愛想が悪くても直ちに病気を治してくれればいい医者で、愛想がよくても一向に治らなければ、ヤブ医者ということになる。

このため医師はいろいろ検査を駆使して、正確な診断を期すのである。そこで異常がみつかれば、食事指導や生活指導をして、薬を出すことになる。

患者側からみれば、検査してもらったのはいいが、結局何の病気かよく分からない、医者に聞くたび説明が変わる、あまり聞くとうるさがられるなど、なにかと医師に不満を抱き勝ちである。もっとひどくなると、どうせ治らないんだからと言って、見放されたという話しもある。

確かにこれはひどいと思う。しかし医師の立場に戻ると、どうせ治らないという言葉の裏には、これだけ言っても、一向に治そうとしない患者への憤りを反映していることもあり、一方的に医者を責めるわけにもいかない。

また、あの医者はいい加減なことを言って信用が置けないという不満のなかには、まじめに治療に取り組まない患者をみて、医師が指導内容を変えていることもあり、深謀遠慮が理解されていないこともある。

つまり、患者には几帳面なひともおれば、大雑把な人もいる。医者任せで、まったく治療に無頓着というひともいる。医師は相手をみながら、どこまで治療に取り組んでくれるか着地点を探りながら、治療方針を立てているのが実情といえる。

それでも患者は反論する。

糖尿病のため、朝夕運動をするよう指示されたのだが、ひざを痛めて通院するのがいやになり、治療を放棄した。家族の世話をするものがいないのに、心臓に悪いから寝ていろと言われても、安静にできるわけがない。肝臓が悪いから飲酒は駄目、腎臓が悪いから塩気は駄目と、一方的に宣告されて食欲が減退し、うつに陥って治療を放棄した。

ひとには自分にあった生活スタイルというものがある。好きな食べ物もあれば、どうしても食べられないものもある。医者に指示されたからといって、簡単に切り替えられるものではないのだ。

したがって医師のほうも、患者に向き合わず杓子定規なことを言っていたのでは、治療はうまくいかない。その人が許容できる治療法を、相談しながら進めていくことが肝要だろう。

食事療法が出来ていないのに、治らないのは医者のせいだという患者、別の病院で異なる病名(本当はたいして変わらない)を告げられ、誤診されたと騒ぐ患者、自分のことは自分が一番分かっている。診察はいいから、はやく薬を出してくれと言う患者、診察室に入るや直ちに録音を始める患者、医師の出した処方の中から、自分の欲しい薬を選ばせてくれという患者、いずれも患者が医師を信用していないところに原因がある。

医療において、信頼関係は切っても切り離せない重要課題である。

ガンの告知をどうするか

殊に、死と向き合わねばならぬガンの患者さんにとって、この問題は切実である。

病院で検査した結果、いきなり「悪性の疑いがある」などと言われると、動悸がして落ち着いてはおれない。まして医師から「かなり進んだガンです」などと言われると、ショックでうつ状態になり、人によっては自暴自棄に陥ることもある。

それもあって、昭和から平成に移行したころ、我が国のガン告知率は15%ほどだった。つまり、多くの医師が患者の動揺を恐れ、事実をひた隠しにした。

しかしこれには弊害も多かった。騙されたといって悲嘆にくれる本人や家族の声が大きくなった。助からないというのなら、残された時間をもっと有意義に過ごせたのにという声である。

その後、厚生労働省の「ガン対策推進基本計画」に沿って、ガン告知はむしろ奨励されるようになり、平成から令和に移行する頃には告知率90%を越えるまでなった。

つまり自分たちは、30年前までは、患者にガンという事実を告げてはならないという指導をうけてきた。それが一転、患者には真実を告げねばならないという指導にかわったのである。

肩の荷を下ろしたかのように、医師は勇んでガンだと告知するようになった。ガンを告げられた患者の悲嘆を忘れたかのように、患者への気配りは二の次になっていた。

このころ、ガンの患者さんから「大丈夫、もし悪性でも必ず治る」と言ってくれればどんなにか心が落ち着くのにと言われたことがある。医師は必ずしも真実のままを言わなくていい。ガンと告げられるのは仕方ないにしても、少しでも自分を元気づけてほしいという。その通りだと思った。

本人に、治らない、あと3か月ですと告げるのが正しい対応といえるか。これでは絶望のあまり、立ち直れない患者が後を絶たないではないか。それは医師のとるべき道ではないだろう。

患者が勇気をもって病気に立ち向かえるようにならなければ、医師としての存在意義がないではないかという声が沸き起こってきた。

一方で、真実はゆがめられてはいけない。事実は事実としてそのまま告知されなければならないという声も厳然としてある。

しかしこれは対立する見解ではなく、どちらが正しいかというはなしでもない。真実をゆがめるのは正しいとは言えない。しかし医師の責任において、患者が立ち直れなくなるのは何としても防がねばならない。

このため30年をかけ、多くの医師は患者の気持ちに寄り添いながら、患者との信頼関係を築く努力をしてきたように思う。

毅然としてガンに立ち向かおうという気力は、医師と患者の信頼関係のうえにしか生まれないからである。

一方で、医療技術の向上により、ガンになっても社会復帰するひとが増えてきた。

今や、胃ガン・大腸ガンでは、70%以上のかたは術後5年でも元気に生活しているし、甲状腺や前立腺のガンでは90%以上のかたが5年後も元気にしておられる。

いずれはガンと告げられても、穏やかに受けとめられる時代が来るのではと期待している。

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